SEOに囚われてたけどいつに間にか日記を書けるようになってた
これまで度々嘆いてきたこと…
当ブログはSEO(検索エンジン最適化)に囚われて、日記記事を書くことが難しくなってたんです。
今日はこんなことしました、こんなことがありました、こう思いました、という記事…
こういうのを書くのにずっと憧れて何度も試行錯誤して、それでもいつもそれは叶わなかったのですが…
いつの間にか日記を書けるようになってた気がしました。
前々回の記事もガーデニング日記でしたしね。
SEOの呪縛からようやく解放された、そんな私が考えるブログのあり方とかブログ論とかを。
SEOに囚われた時期
駆け出し素材屋時代、集客のために書き始めたのが当ブログです。
そのためにGoogleなどの検索に載せる施策、SEOが必要だと思い、SEOを意識して記事を書くようになりました。
SEOには記事の有益性・有用性、外部から張られたリンクの量や質など、気にすることが沢山あります。
それを気にして書くうちに、それに囚われて思うようにブログが書けなくなっていったんです。
SEOに弱そうだと思うネタは切り捨て、検索に載りそうなテーマは強引にでも詰め込み…
でもそうして仕上がったのは、今思えば上っ面の記事だったと思います。
その当時記事内容の薄さを自覚もできず、キーワードという断片ばかり気にしてましたね。
そうして気にしながら書いていくうちに、それは人目への囚われに変わっていきました。
SEO的な有益性がない記事が、誰かにとっても需要がないような錯覚に陥ってたんだと思います。
「こんなこと書いても誰も見ないよな…」「こんなこと書いたら叩かれるかな…」
そう気にしてる頃が当ブログの書きづらさのピークで、他にもいろんな要因が重なり、ブログ全体を2度ほど非公開にしたこともありました。
ここまでの経過で2年。
ある時「自分のブログなんだから好きに書けばいいか!」と吹っ切れて、「集客のための記事」から「エッセイ調の記事」を目指すようになりました。
日記に憧れた時期
エッセイ調に落ち着いた理由には、自分が他の方のブログを読むときにエッセイを好んでたからというのがあります。
ただ出来事を書き連ねた日記というよりは、情報を羅列した記事というよりは、人となりが見えるような雑記に心惹かれ、共感してきたんです。
それに私自身、元々はエッセイのようなものが一番向いてるようでした。
何かを気にしながら書くのが苦手でSEO向けの情報記事はそもそも向いてなかったし、かといって記事構成をまったく考えないのも抵抗があり…
そんな理由から「考えや体験を自由に書き記した散文」と言えるエッセイを目指して書き始めました。
しばらくはそれで満足してたのですが、他の方の日記ブログを目にする度にどこかでくすぶる感情がありました。
それは「たまには取り留めない日記を書きたい」という憧れです。
それで何も気にしない記事を書こうと試行錯誤してたのですが、どれも上手くいかなかったんですよね。
普段のエッセイの中に出来事を取り入れても、出来事オンリーでまとめようとしてみても、なぜか満たされなかったんです。
それは結局、型にハマってしまってたからなのかもしれません。
「SEOの型」にハマってた頃のように、「日記の型」に当てはめようとしてた。
しかし本当に抱いてたのは「気にせず自由に書くことへの憧れ」だった。
だから日記という形にこだわっても、それはそれで上手くいかなかったのでしょう。
エッセイ調に落ち着いてからここまでの経過で2年ほどです。
気づけば日記を書くようになってた
2年SEOに囚われ、2年日記に囚われ、そして今。
気づけば特に気にせず日記記事を書くようになってました。
今日は散歩した、ガーデニングでこんな花が咲いたとか…
なぜそうなったのかは正直はっきりしないのですが、もしかしたら色々と、いい意味でどうでもよくなったのかもしれません。笑
元々集客目的で書き始めたのもあって、低迷期は焦りばかりでそんな囚われや憧れを抱いてたものですが、エッセイ調に落ち着いたあたりから実はアクセス数も調子がいいんですよね。
もしかして個人の雑記ブログって囚われず伸び伸び書いたほうが伸びるのでは…
そう思い始めました。
そうなる要因・理由は、伸び伸びと書いた方が記事ボリュームが増えたり中身が濃くなりやすいからだと思ってます。
結局はSEOって小手先のテクニックじゃなくて、記事の質なんだなと…
そして個人ブログがその「質」を作り上げるのはこれまたテクニックじゃなくて「書きたいことへの熱意」なのかもなと…
特に最近のGoogleは良くも悪くもキーワードより中身で拾ってる感じが顕著なんですよね。
それに気づいてから尚更、キーワード選定もやめて自由に書くようになりましたが、アクセスはじわじわ右肩上がり。
そんな体験が積み重なっていくうちに、SEOとかキーワード選定とかがどうでもよくなっていった気がします。
結局
初期の何でもない記事を書いてた数か月と、
SEOに囚われてた2年と、
日記に囚われてた2年。
当ブログはこれらで構成されてます。
で、行き着いた結論は結局は「ブログって本来自由なものだよなぁ」ということです。
そもそも元はWeb log。ウェブ上のログであって、それ以上でも以下でもないのです。
それが収益性やら集客力やら言ってるうちに、あり方は複雑なことになってしまうんですよね。
だから「こうあるべき」「これが正解」と取れるようなブログ論が溢れかえり、時にそれがブロガーとしての窮屈さに繋がるのだと思います。
それに私は集客目的とはいえ、元からアフィリエイトはしてません。
そんな自分がアフィリエイトのための理論「有益な情報を書け」とか「日記は誰も興味ないから書くな」とかに囚われていたこと自体、的外れだったのでしょう。
今のスタイルに思うこと
そんなこんなで好きに書くようになって、日記記事を書くことも叶うようになって、なんか1周回って最初に戻ってきたような感覚もあります。
本当に初期の頃はただの日記の書き殴りでしたからね。
初心忘るべからずなんて言いますが、時に忘れていても、本当に望んでいることなのであれば自然とそこに戻っていくような…そんな気もしました。
1周回って日記に戻って、その中で色んな経験をして、結果としては自分の執筆スタイルを確立できたのならそれはそれでよかったのかなと。
まあただ、それまでの道のりは長いものでしたけどね。
最後に
ようやくSEOとか日記ブログとかの囚われから抜け出した、そんなお話でした。
ご覧いただきありがとうございます。
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