花を愛で音楽に浸る。毎日に安らぎを強く求めるようになった話
10年とやめてたゲームを最近再開して、そんな記事も書いてみて、思ったことがあります。
ゲームって結構疲れます…
楽しいと言えば楽しいのですが、やっぱり興奮・高揚というものをし過ぎるんですよね。
今の私にはちょっと刺激が強すぎる気もしました。
昔やってた頃はそれが当たり前だったのですが…
花を愛で音楽に浸る。
毎日に安らぎを強く求めるようになったお話を。
毎日に安らぎを強く求めるようになった
子供の頃ほど「刺激がほしいなぁ」とか思ってたのですが、それがガラリと変わったのは10代でした。
まあ10代は丸々10年色々ありまして、正直どん底の時期でした。
それも抜けて20代入って、そんな時期があったせいか「何も起きない平穏な毎日」のありがたみを強く感じるようになったんですよね。
良いことも悪いことも、楽しいことも苦しいこともいらない…ただ平穏無事に過ごしたい。そう願うようになりました。
そんな感覚が生まれてからここ数年は本当にそんな人生を送ってました。
花を愛で、好きな音楽に浸り、当サイトを運営しながら穏やかに過ごす。
サイト運営で悩むことこそあれど、本当に幸せでした。
それがゲーム再開したあたりから崩れ始めた気がしたんです。
つい夢中になってしまう、なんか頭から離れない…
10代の時期を思い出させる感覚です。
その当時ほど日常生活をないがしろにしてまでゲームに依存することはありませんでしたが、なんか複雑でした。
好きだけど向いてないこと、好きで向いてること
多分ゲームは好きは好きだけど、自分に向いてはないことなんだと思います。
一つのことに執着しがちなので、かえって苦しくなります。
今や良くも悪くも心を動かしながら過ごすのが疲れることなんですよね。
一方で花を愛でたり、好きな音楽に浸ったりというどちらかというと安らぐ趣味は好きだし向いてもいます。
心の動きが控えめなので、負担になることも何かに一喜一憂することもないですからね。
ゲームを再開したことが実際に良かったのか悪かったのかは分かりませんが、どこかに「やらなくて良かったかもなぁ」なんて後悔も残ります。
その割に
ゲームに夢中になってる割には目的意識というのが拭えないです。
多分ゲームをやる意味は当ブログに記事を書くためであって、娯楽として楽しむためではないんです。
素材屋になってからというもの、それに慣れたのか成果や結果として表れないことをすることができなくなりました。
ただ楽しいだけで何かをすることが叶わない、言わば損得勘定でしか動けなくなってるんです。
ブログネタのためにゲーム内を走り抜けてるだけなんですよね。
だからネタが尽きた時が一番辛いです。
熱は冷めないのにやることがないという状況になりがちです。
経験則
過去の経験則として「熱しやすい熱は冷めやすい」があります。
この熱もいずれ落ち着くと見てます。
正直、ゲームを続けるよりもまた何もなく平穏無事な毎日を送ることを望んでます。
今はどうすることもできないので、どうにかやり過ごしていけたらな…と思っています。
安らぐ趣味
安らぐ趣味というのはいいです。
花はどんなに好きになろうとも、それ以上でも以下でもない、ただそこにあるだけの存在です。
そこに安心を覚えるし、フラワーセラピーとも言いますし安らぎます。
音楽はどんなに快楽を覚えようとも、過度に夢中になることはなく、すぐに日常生活に戻れる存在です。
依存の心配が薄く、癒しと活力だけ残して戻れる、前向きな幸福感をくれるところがいいんですよね。
やっぱりアニメやゲームは時に良からぬ方向に向く快楽を生む可能性があり、慎重にやらないとなぁと思いました。
最後に
毎日に安らぎを求めるようになった話、そしてゲームとの向き合い方についてでした。
ご覧頂きありがとうございます。
カテゴリ『日記・雑記』の記事
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