こはるおとの雑記ブログ

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なぜ個人サイトが居場所になっているのか改めて考え直す

投稿:2026/09/01 カテゴリ:ブログ・SNS

個人サイトがやっぱり私の居場所だった。

YouTubeのゲームチャンネルは結局挫折して、強く実感しました。

ではなぜ個人サイトがここまで居心地よく感じているのか。
なぜ心はこの場所を求めているのか。

それについて改めて考え直してみようと思います。

なぜ個人サイトが居場所になっているのか

私は元々SNS疲れを起こしやすく、外部プラットフォームに苦手意識を持ち続けてました。

情報の多さ、付きまとう数字の多さ、人の多さ多様さ。
こういう部分がどうしても苦しくて、とても心を置ける場所じゃなかったです

一喜一憂しやすい数字は、CSSコードを記述することで特定の要素を改変できる「ユーザースタイルシート(ユーザーCSS)」で非表示にすることも可能です。
でもその数字があるからにはつい気になって見てしまって、結局自滅してるんですよね。

だから活動場所には「苦しくなる要素がはなからない」ことを求めています。

それを実現できるのが個人サイトとnoteくらいなんです。

個人サイトは自分で作ってるだけに付ける機能も解析も自由。
苦しくなる要素は徹底的に排除していけます。

noteはスキ数フォロワー数などの数字はあるものの、YouTubeのような詳しすぎる解析はない(むしろ曖昧なくらい)ので、ユーザースタイルシートで間に合うんですよね。
それでいて情報量や人の流れは緩やかで、ここは居心地が良く感じてます。

こういったサイトは「漠然と性に合っている」という感覚もありますし、苦しくなる要素がないのもありますし、だから居場所になり続けてる、身を置き続けられてるのだと思います。

YouTubeの苦しい要素

YouTubeの苦しさで一番大きいのは数字です。
再生数や解析への「一喜一憂」に留まらず、頭が真っ白になるほど動揺してしまいます。

そもそもYouTubeは他のどのプラットフォームより数字が多く、詳しいです。

再生数や登録者数のみならず、どのコンテンツからどれくらい登録/解除されたか、どれくらいの人がどこまで見続けたか、など事細かに知れてしまうんですよね。

これが精神衛生上よろしくなくて、ユーザースタイルシートで全部非表示にしてしまおうにも実は落とし穴があります。

自分のチャンネルの動画の再生数を非表示にしたところで、そこからYouTubeホームとかに遷移すると一瞬再生数が見えてしまう仕様になってるんです。

多分ページ遷移する瞬間のURLの変化によるものだと思います。

これが落とし穴で、結局「これ伸びてなかったのか…」とか気になってつい解析を見てしまう、そして落ち込んでしまう、という負の連鎖を生むんです。

正直、YouTubeの解析は投稿済みの過去動画で知らされてもどうしようもないことばかりです。

どこまで見られ、どこで離脱されたか、どれで登録され、解除されたか、なんて…
知らされてもだからどうしろと、としか言えないんですよね。
今後に生かせても、投稿した過去は変えられない。その虚しさにだけ苛まれます。

何年もの間、数字への一喜一憂に苦しみ続け、数字を見ることがトラウマにまでなって、それでもYouTubeには代わりがなくてやらざるを得ない。

何度も泣いて、運用のストレスで倒れかけて。
もはやYouTubeというプラットフォームには憎しみの感情すら抱いています。

だから個人サイトにいるしかない

恨もうが憎もうが現実は何も変わらないですからね。
だから私は個人サイトにいるしかない、と思うのです。

ちなみにゲームチャンネルは閉鎖し、音楽チャンネルは残ってますが、これは「個人サイトというメイン」があるからできてることです。

音楽は個人サイトをメインに投稿・活動していて、YouTubeはあくまで曲を探しやすくするためのおまけ。
当サイトから曲を聴いたり買って頂いてるのも知ってるので、YouTubeで伸びるとか伸びないとかは割とどうでもよくて、だからあまり囚われず運用してられるのだと思います。

一方でゲームチャンネルだとメインの活動場所がYouTubeになってしまうので、数字の影響をもろに受けてたんですよね。

だからこればかりは結局、個人サイト内のブログで共有するしかないのかな、と思いました。

結局

結局、YouTubeは私には向いてなくて、個人サイトにしか居場所はないです。
強いて言うならnoteも比較的居られる場所でしょうか。

「心地良さの追求」というのはなんだかんだ物事の継続に一番大切なことだと思うんですよね。

どんなに楽しくても、情熱を持ってても、その中に埋もれた違和感や引っ掛かりがあればそれは絶対に1年と続きません。
これはハンドメイド物販、多くのSNS、有償依頼受注と度重なる挫折を繰り返した私の経験則です。

何かを続けるのに「心地良い」という感覚に勝るものはない気がするんですよ。

だから当サイトも6年目に入れたのだし、音楽・写真・雑記ブログだけは続いてるのだと思います。

この教訓からまた心地よい運営というのを探し求めていきたいなと思いました。

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