YouTubeの低すぎる視聴維持率に感じたこだわりすぎない選択肢
チャンネル運用開始から2~3週間ほど、今になって初めてアナリティクスを見ました。
普段は一喜一憂しないためにユーザースタイルシートで非表示にしてるのですが、やはり気になっちゃうものです。
低評価だけは意地でも見ないように気を付けながら解析を見てみれば、視聴維持率が低いことに気づきます。
全体の再生数が少ないのでデータとしては不十分かもしれませんが、現時点で10~20%程度。
目標と言われる40%には程遠いです。
でもだからこそ、こだわりすぎないという選択肢が生まれた気がしたんです。
YouTubeの低すぎる視聴維持率に感じたこだわりすぎない選択肢
YouTubeの視聴維持率が低い。
それだけ見ると自分の動画の価値を見失うこともあるかもしれません。
「引き付けられないくらいつまらない動画なんだ」と。
でも私が淡々とオリジナル曲を投稿しているチャンネルや、淡々とゲームの字幕実況をしているチャンネルで、さらに引き付けられるテコ入れをしたいかと言われればしたくないんですよね。
もっと引き付けるには流行りものに近い曲を作ればいい。
字幕のみならずテンポのいい音声実況を入れればいい。
でもそれをして伸びたところで、それははたして自分の動画なのか?という疑問があるんです。
数字を追うためだけに作られた動画。
強い言葉で煽るサムネだったり、派手なテロップを入れれば伸びるかもしれない。
でもそうして作られた動画は数字のための動画であって、自分の作りたい動画ではないんです。
どう考えても身の丈に合わないことで、次第に苦しくなってやめていくのは目に見えてます。
じゃあどうするか。
もういっそ何もこだわらず作りたいものを作ればいいのだと思います。
多分それは万人受けはしないです。
現状、テコ入れなしで多くの人を引き付けるのは難しいでしょう。
でもどこかで少しでも楽しんでくださってる方がいるのなら、それで十分なんです。
確かにオリジナル曲の視聴維持率は低い。
でも過去に沢山楽曲をお褒め頂いてきたのも事実。
ゲーム動画も恐らく同じ方から一気に高評価を頂いたこともあるし、シリーズを楽しんでもらえた証拠なのかもしれない。
本当に曲が悪いのか?MVが悪いのか?動画が悪いのか?と言われれば、そうとも思えないのです。
数は少なくても、どこかに本気で刺さる人がいるのなら、それが創作者冥利に尽きるというものなのではないでしょうか。
いうほど価値は数字で測れない
YouTubeって本当に付きまとう数字が多いですよね。
そのせいで私はブラウザ上の特定の要素を非表示にできるユーザースタイルシートに頼らざるを得ません。一喜一憂防止のためです。
その数字に媚びて運用したところで、結局何が残るのでしょう。
承認欲求が満たされる、利益が生まれる…
そういう部分はあれど、逆に言えばそれだけ。
それらは底なしの欲ですから、終わりの見えないものを追い続けることになるんですよね。
数字は目先の欲求を満たせるだけで、直接的にコンテンツの価値に結び付くとは私は思っていません。
結局は「少しでも楽しんでくれた誰かがいる」「自分の好きなものを作れた」それ自体がコンテンツの価値になるものです。
コンテンツの価値を「そのコンテンツが存在する意味」と解釈するなら、それだけで十分じゃないですか。
目先の数字を追って欲求という底なし沼にハマるくらいなら、そういう小さな価値に目を向けて誠実に運用していく方が、楽しいし幸せな気がするんです。
もういっそつまらなくてもいいです。
万人に受けるコンテンツというのは存在しないですが、万人に嫌われるコンテンツというのも世の中には存在しません。
数は少なくても、どこかの誰かは絶対に楽しんでくれます。
それだけで十分でしょう。
最後に
低すぎる視聴維持率に感じた創作論でした。
数字を追うあまり自分を見失う。
それが私は一番怖いんです。
では。
ご覧頂きありがとうございます。
カテゴリ『ブログ・SNS』の記事
収益か読み物かでやることが180度変わるブロガーの不思議
エッセイは好きだけどエッセイストではなくブロガーなんだろうな
SEOに嫌気が差してキーワード選定をやめてからPV回復した
気づけば丸1か月ブログを毎日更新してた。無理なく継続できた理由