ゲームプレイ動画の投稿という夢は結局叶ったので感想
なんか紆余曲折すぎたけど、やっぱ夢っていざ叶ってみると当たり前の存在になってるのかも。
近すぎる存在になってるというか、叶った実感はそんなにないというか。
長年憧れたゲームプレイ動画の投稿、色々あったけど結局叶った感想です。
ゲームプレイ動画の投稿
当ブログで散々語ってきてますが、ゲームプレイ動画の投稿は10年と前からの夢でした。
でも当時は著作権や制作環境の壁から実現することはなく、長らく未練として残り続けてました。
そして最近、ガイドラインを見つけたり制作環境が整ったことから動画投稿を始めました。
でもいざやってみればそれは当時夢見てたほど輝かしいものではなくて。
承認欲求とか損得勘定とか、そこに時間を割く意味とか、色々求めすぎて、やればやるほど苦しくなっていったんです。
結局耐え兼ねてその時のチャンネルは閉鎖。
この夢は叶った上で散ることとなりました。
でもその後もずっと未練と現実との狭間で苦しみ続けてました。
やりたい、やりたいけど苦しくてできない。
その後も何度も挑戦と挫折を繰り返して、ようやく諦めの感情が湧き始めた頃。
少し時間を置いて作った動画を見返してみると、案外そんな執着心はなくなってることに気づきます。
もしかしてそういう執着が生まれるのは最初の頃の熱のピークの時なのでは?って思いましたね。
そして結局投稿は再開、今に至ります。
いざ叶ってみると
これは前から思ってたのですが、夢っていざ叶ってみるとなんか当たり前の存在になってるように感じます。
近すぎる存在になってるような、叶った実感は薄いような。
あんなにもがき苦しんだのに、こんなに当たり前に運用してる。
あの過去はどこに行ったんだって。
思えば10年前抱いてたボカロPになる夢も、いざ叶ってみればそれを忘れてたくらい当たり前になってましたからね。
夢は追ってる間はあんなに苦しくて、理想と現実に揺れながら必死に走ってるものなのに、叶えばそこにあるのは当たり前という感覚。
ちょっとだけ思ったんですよ、それなら、そんなに苦しみだけが残るなら、夢なんて見ない方が幸せなんじゃないかって。
でもそれでもどこか、その揺らぎに人生というものを全うしてる実感も混じっていて。
私の中で人生には何も起きない平穏無事を求めがちなものだけど、まあそんな日々も悪くはないのかな、結果的にはそう思いました。
最後に
結局叶った夢と、夢追いについて色々語ってみました。
ご覧頂きありがとうございます。
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