SNS疲れを慣れで克服することは到底できないなと思う

SNS疲れでほとんどのSNSをやめてしばらく経ちました。
その大きな要因は数字疲れ、人疲れ、情報疲れでした。
いいねやフォロワー数増減への一喜一憂、多くの人に声掛けされるプレッシャー、次から次に流れ込む情報への疲弊。
こういうの、指摘や批判慣れなど「特定の言葉」への慣れと違って、一生慣れることはできないと思ったんです。
SNS疲れを慣れで克服することは到底できない
SNS疲れの要因となりうる数字疲れ、人疲れ、情報疲れといった要素はいくら頑張っても慣れることはないと結論づけてます。
これまで色々と考え方を変えようとしたり工夫もしてきましたが、それは一時的なもので、長期的に見ればその工夫そのものに疲れ、苦しくなるだけだったんです。
数字への一喜一憂は数を受ければ慣れるのでは?なんて思っても、いや、正確にはTwitterの頃は少し慣れてましたが、YouTubeという数字ありきのプラットフォームに手を出してからは数字に過敏になり、結局耐え兼ねてやめていきました。
人疲れも何度かコメント殺到で苦しくなってコメントオフにしてましたが、オンにしてた時期はその中のどこかで「いつか慣れる」という変な安心をしてたんです。
そうしたらYouTubeで伸びた時に苦しくなって前アカウントはやめました。
情報疲れも、見れば見るほど疲れが蓄積していって、気づいた頃にはニュースひとつも見れないほど情報に敏感になっていました。
こういうSNS疲れを生む要素は「慣れる」のではなくネガティブ面が「蓄積されていく」ものだと思いました。
向き合えば向き合うほどダメになっていくんですよね。
ではどうするか
工夫も努力も簡単に崩れるし、向き合えば向き合うほど苦手になっていくのがSNS。
合わない部分は合わないと割り切る必要があるでしょう。
ではどうすればいいのか、そこに必要な工夫は目先の対処ではなく、より根底にあるものへのアプローチだと思います。
まずはプラットフォーム選びを。
特定のSNSなら運用できる、というパターンも案外あるかもです。
私の場合noteなら自分に馴染みました。
情報量も交流もちょうどよく感じるんです。
自分に合う場所が見つかるだけでも全然違ってきます。
SNSじゃなくても個人サイトやブログという選択肢もあります。
あとは数字部分はユーザースタイルシートで隠すという方法があります。(chrome拡張機能なら「stylus」とか)
これはブラウザ側で特定の要素を改変したり非表示にできるもの。
CSSコードを書く必要はありますが、「YouTube 評価 非表示 CSS」とかで検索すると意外と出てくるので、それをコピペすれば使えます。
これで数字を見ずにいるだけでも運用可能なプラットフォームの幅は広がります。
だいたい私はこの2つの対処法で乗り切ってます。
逆に合わない場所、合わないやり方で運用していても、少しずつ心を蝕んでいって、気づいた時には手遅れになるものなんです。
だから今、その後遺症のように日常生活の中ですら「数字」の動きそのものが受け付けなくなっていて、一瞬ビクッとする感覚が抜けきれなくて、ちょっとした集計とか、他の人の評価を見ることですら不便してます。
そんなことになる前に、心の動きを最小限に抑えられること、「安心」を追求していく必要があるなと思いました。
逆に慣れが可能なこと
SNS疲れは基本慣れないと結論付けてますが、逆に慣れやすいのは「言葉そのもの」です。
最初は批判や否定が極端に苦手だった私も、最近は指摘やアドバイス程度のことなら受け入れられるようになりました。
また、以前は褒められるのもかなり苦手で、プレッシャーを感じていたのですが、最近は素直に喜べるようになりました。
こういうのは数を受ければ案外慣れます。度が過ぎたものでなければですが。
最後に
SNS疲れだけは慣れることは到底できない、というお話でした。
ご覧いただきありがとうございます。
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