依存や惰性じゃなく…ゲームとの向き合い方が安定してきた話
10年ぶりにゲームに再熱した数か月前、夢中になってた割に拭えなかったのが目的意識でした。
「こんな検証したらブログネタになりそう」「こんなことしたら動画になりそう」
なんて活動のネタのために突っ走ってて、ネタを書ききってしまえばやることがなくなってゲームをやる意味を見失う…
熱が冷めない割にそこにあったのは損得勘定だったんだと思います。
「ただ楽しいだけで遊ぶ」という感覚がもはや持てなかったんですよね。
でも動画投稿サイトも挫折して、ブログネタも出尽くして、しばらく経って。
最近はゲームとの付き合い方が安定してきたのでそんなお話。
ゲームとの向き合い方が安定してきた
最近は「ちょっと作業疲れたな、息抜きにゲームしようか」くらいの気持ちでswitchを手に取ってることに気づきます。
損とか得とかじゃなくて、また依存のような熱でもなくて、惰性でもない。
それは息抜きであり、気晴らしである、そのあり方はまさしく娯楽でした。
ずっと無趣味というか無娯楽とでもいいましょうか、ちょっとした息抜きにする遊びがないことが悩みでした。
ある時は刺激になりすぎて疲れたり、ある時はすべて活動に繋げてしまって色々求めすぎたりで、純粋な気持ちで何かを楽しむことができなかったんです。
今になってゲームを気楽に楽しんで、「娯楽ってこういうことを言うんだろうな」と思いました。
普段から娯楽を楽しんでる方にとっては当たり前のことなのかもしれないですが、私にとってはどこか新鮮で、あまり感じることのない感覚だったんです。
求めすぎないこと
何かを求めすぎて依存したり苦しくなったりしがちな私は「何も求めず行動する」難しさを日々感じています。
ブログを書けば集客力を求めたり、ゲームをすれば活動ネタを求めたりと…
でもやっぱり「意味のないこと」「ただ楽しいだけのこと」にもちゃんと価値はあるものですから、たまにはそんな無意味だけど有意義な時間を大事にしていきたいですね。
最後に
最近ゲームとの向き合い方が変わってきたお話でした。
ご覧いただきありがとうございます。
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