創作活動のスランプがくれたもの。その試行錯誤には意味がある

創作活動においてスランプと言える時期が何度かありました。
作曲が思うように形にならない時期とか、写真の表現が上手くいかなかった時期とか、ブログで思うことを自由に書けなくなった時期とか…
そういう時期っていざ乗り越えてみると必要なものだったなと思うんです。
創作活動のスランプがくれたもの
スランプの時期ほどつらいもので、もう抜け出せないような気にすらなってしまうんですよね。
それから抜け出すためにネットで色々調べたりして、でもその辺に答えが転がってるほど単純な話でもなくて、試行錯誤して苦しんで。
それが受け入れられなくて、上手く作れなかった作品を無理に良く見ようとして、見え方が歪んでいったりもして。
「スランプならこうしろ!」っていう情報記事とかはいくらでもあるのですが、それで納得いく答えが得られるかと言われればそうでもないです。
スランプの時期ほど冷静さも失ってるので、そういう情報を素直に受け入れられないし、スランプ自体を認められない側面もあるからです。
でも抜け出してしまえば思います。
そうして試行錯誤すること自体にも、ちゃんと意味があったのだと。
そうして色々悩んで試したことで、そこから得られた作品の組み立て方とか、確立された作風とか、ちゃんとあったんですよね。
作曲が上手く形にならない時期に打ち込みまくった経験が、今の作風に繋がってるのだし、
写真の表現が上手くいかず撮りまくった経験から、今パパっと思うような構図を取れるようになったし、
ブログに思うように書けなかった時期の経験が、今の自由なテイストに繋がってるのだし。
スランプを経た先で、ちゃんと人は成長してるものなんだろうなと思いました。
これはクリエイターにとっては誰にでも起こりうるもので、それが悪いことだとは思えないのです。
今だからできること
過去に色々と苦しんだ、今だからできるようになったことって結構多いです。
まず、作曲とかブログとかのアイデアが無理なくパッと浮かぶようになりました。
作ろうと思えばすぐ作れるような状態になってるので、ネタ切れはすっかりなくなりましたね。
あとは制作自体がスムーズになりました。
自作品のテイストや癖の平均値みたいなのを把握できるようになったので、制作中のブレが減り、躓きにくくなった気がします。
これらはスランプに陥る前にはとてもできなかったことです。
その辺を境に、明らかに制作が安定したと感じます。
スランプの抜け出し方
スランプの抜け出し方には、一言で言える答えはないと思ってます。
その原因も状況も、解決に必要なものも、人それぞれすぎて、一概に言えないのです。
そして抜け出す期間もまちまちです。
数か月で答えが出たこともあれば、何年も悩んできたこともあります。
でも私の経験則としては、どこかでは必ず抜け出してきたんですよね。
もしくは抜け出せないものは根本的に向いてないものが多くて、挫折しました。
「いつまで経っても悩みっぱなし」という状況はなかったです。
スランプは自身の成長、向いてることの再確認など、その後に得られるものが多いです。
「絶対にこうしたらいい」という明確な答えがないからこそのことだと思います。
だから今は思う存分悩んでおけばいい、それがきっと何かを生み出すから…
って思います。
最後に
創作活動のスランプについて書いてみました。
ご覧いただきありがとうございます。
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