ブログアクセスが激減した時期の記憶と激増した今の体験

当ブログの過去記事を読み返してると目に入ったのがこちらの記事
ブログのPV激減は嘆くことばかりでない。気づかされたことも沢山
アクセスに囚われて好きに書く感覚を失ってたとか、ブログだけの執着・依存するリスクとか、アクセスが減ったからこそ気づいたこともあったんです。
逆に今、アクセスが当時の10倍くらいに激増して、それまた気づいたことがあったのでそんな記録。
ブログアクセスが激減した時期の記憶
アクセスが激減してた時期はブログについて色々思い悩んでた時期と重なります。
集客力に囚われて記事を好きに書くことが叶わなかった当時、アクセスまで激減してブログ書く意味を見失ってたんですよね。
そのあたりでブログ全体を非公開にしてたことがあります。
でものちに「もう意味とか目的とかいいから好きに書こう」と吹っ切れて今のエッセイスタイルに落ち着いた感じなのですが。
そのあたりの記事はそんなに中身はなかった気がします。
特別ありきたりとか、寄せ集めの情報だけ書いてたという感じでもなかったのですが、あまり書き出せてる想いもなかったなーって振り返ります。
ブログへの悩みゆえに記事を大量削除したのもあったし、記事の中身が詰められなかったのもあったし、だから検索経由でのアクセスが激減してたのでしょうね。
でもそれはそれで「意味とか求めず好きに書く大切さ」を実感したので、悪い体験ではなかったのかもしれません。
ブログアクセスが激増した今の体験
前述の記事を公開してから気づけば1年以上経ちます。
今になって過去最高くらいにアクセス数が増えてます。
思い当たる要因はあって、吹っ切れて好きに書くようになったからこそ、記事の中身が伴うようになってきたのだと思ってます。
個人が1記事に込められる情報量なんて限界があって、それを補うのが書きたいことへの熱意である、そこに有益性も共感性もすべてついてくる、というのが今の私なりのブログ論です。
このアクセス急増はそう思うようになった大きなきっかけです。
アクセス回復し始めた時期と好きに書くようになった時期は綺麗に重なるんです。
書きたいテーマへの熱意や想いがあるからこそ、記事ボリュームは引き伸ばしのような形でなく本質的に増えていくし、それについて調べ尽くせるし、考えも書き尽くせる。
それはテクニックやノウハウ、数値で表せるものではありませんが、確かに身で感じてることです。
求めすぎないのも大事なこと
アクセスでも意味でも成果でも、求めすぎないって大事なことだなーって思いました。
求めすぎると目先のことしか見えなくなって、視野は狭まり的外れな行動に走りやすく、そして次第に苦しくもなっていきます。
ブログが9割が1年以内に挫折するなんて聞くのも、そういう部分はあるんじゃないかなと思います。
そうなるよりは好きに書くことで、中身の質も伴うようになるし、継続しやすくなるし、それは結果的には数字として表れてくるのでしょう。
変に数字に囚われるよりは、ブログは思ってるより精神論・感情論でいいのかもしれないです。
その中で試行錯誤するうちに、色んなものに気づき、色んなものが見えてくるものです。
最後に
ブログアクセスの激減・激増体験について書いてみました。
ご覧頂きありがとうございます。
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